大牟田市街中心部に横たわる銀座通商店街の程近く。アーケードからみやまえ通りへ抜けると、その看板が見えてきます。冬の間はひっそりと息を潜め、うららかな春を経て、暑い夏の気配が近づいてくる頃に、そのシャッターは開きます。博多屋は、大牟田のまちで77年ものあいだ人々の喉の渇きを潤してきた、歴とした“ビヤガーデン”です。今回は長きにわたって大牟田市民に愛されるビヤガーデン博多屋の歴史と楽しみ方をご案内します。

庭で飲むからビヤガーデン

ビールジョッキをかたどった巨大なブリキ看板。藍染の日除けのれんには麦の穂「生麦酒処 博多屋」の堂々たる文字が躍ります。
「のれんは父の代からある物です。去年洗った時にほころんでしまってね。失敗したー」そう言いながら、急ぎ足でまた店の奥に消えて行かれたのは、博多屋の看板を守る3代目の主人、福田るいさんです。お話しを伺ったのは気温30度に迫ろうかという日曜日の午後。15時の開店と同時に客席はすでに半分ほどが埋まっていました。
蚊取り線香の懐かしい匂いと風鈴の音。土間の打ち水が涼を誘う店内へ入るとサロンのようなクラシックな雰囲気の部屋が迎えてくれます。歴代麒麟ビールのロゴ入りグラスや樽蓋が並ぶ、歴史と風格が感じられる空間を抜けていざ「庭」へ。

一歩足を踏み入れればあっという間に異空間へと引き込まれます。石造りの東屋や中国の六角堂風の建物が数棟。シュロの木の奥では滝が流れ、亀が泳ぐ池。和とも中とも洋とも表現しがたい、カオスな庭園が広がります。

ビヤガーデン博多屋の最大の魅力はなんといってもこの異空間な「庭」でキンキンに冷えたビールが飲めること。「うちはビヤ“ガーデン”ですよ。最近はビルの屋上とかが多いでしょうが。大牟田で土地があるからできるスタイルかもしれませんけどね」とるいさん。
なるほど。言われてみてあらためて気づく「ビアガーデン」の本来の姿。博多屋はまさにガーデン(庭)でビールが飲める店なのです。

泡をこぼしながら豪快に運ばれてくる光景にますますビールが飲みたくなります。

ビアガーデン(ビヤガーデン)のはじまりは、ドイツのバイエルン地方にあるようです。夏のあいだ、冷えた新鮮なビールを提供するために、ビール醸造所の貯蔵庫に隣接してビールが飲める場所を設けたことが始まりとも言われています。日本では明治初頭、横浜のビール醸造所が経営するビアガーデンが発祥とのこと。その後、屋上ビアガーデンブームが起きるのは1953年ごろ。つまり、博多屋が開業した1947年ごろは、まだ屋上スタイルのビアガーデンが流行る前なんですね。その後、各地で屋上スタイルのビアガーデンが流行するなかで、博多屋は大牟田の地に根差しながら、独自のビール愛好家文化圏を築いてきたようです。
ちなみに、大牟田なのに「“博多”屋」の理由は、博多で歯科医をしていたるいさんの祖父が開業したことに由来するようです。

----《補足》----
※参考:キリンビール「酒・飲料の歴史」
https://museum.kirinholdings.com/history/theme/b14_08a.html

おいしさの秘密は「博多屋マジック」?

博多屋は、飲食店関係者も太鼓判を押すほどの「ビールがうまい店」としても知られています。何か工夫があるのかと思いきや、るいさんは「ふつうのことしかしよらんですよ。博多屋マジックやない?」と笑います。「庭で風に吹かれながら飲むけん、おいしく感じるっちゃないと?」とのこと。

博多屋の特別な空間は、ビールの味さえもおいしくしてしまうのかもしれません。

ジョッキのサイズは大(1000ml)中(500ml)小(350ml)、ビールの種類は生ビール・黒ビール・ハーフアンドハーフ(生と黒生のミックス!)が選べます。こだわりのキリンラガービール。

そしてもう一つのおいしい理由に、「高い回転率」というのも加えておきます。
博多屋の開業は1947年。今年77周年を迎えました。開業当初は、炭鉱のまち大牟田が人に溢れ、15時の開店前にはシャッター前に人が群がり「はよ開けんかー!」と罵声が飛ぶほどだったそう。開店と同時に店は満席状態。仕事帰りや飲みに出る前の景気付け、使われ方はさまざまでしたが、滞在時間は30分〜1時間と短時間の客がほとんど。人が入れ替わり立ち替わりビールを飲み干していく。50リットル樽のビールがあっという間に底をつく状態でした。(当時は貯蔵庫で樽を冷蔵していましたが、現在は冷蔵設備で管理しています)

当時ほどの回転率はないものの、次々と入る注文に、開栓仕立ての樽から注がれ、運ばれるビール。温度管理は当然のこと。庭を眺めながら飲む新鮮なビール。ここで体験するすべてが博多屋マジックであり、おいしさの理由なのかもしれません。

常連さんが多い中、最近は市外から噂を聞いてふらりと立ち寄ってくれる人も増えたそう。
右手奥には大牟田を代表する大蛇山の「子大蛇」が鎮座。博多屋の人気フォトスポットになっています。
大蛇山まつりが近づくこの時期のBGMは、太鼓や鐘を練習する囃子の音色。目の前には大蛇山二区の「大牟田神社」があります。

博多屋人気おつまみ5選

ビールのお供にぴったりのおつまみも楽しみの一つです。開業当時はビールと枝豆、2-3種類のつまみのメニューだけだった博多屋。お客の声に応えるように、徐々に種類も増やしていったそう。仕入れ先の状況などが変化する中で、企業努力を重ねながら、今年は45種類ものおつまみメニューが揃います。「別になんか特別なことはしてないよ」と話するいさんですが、自ら惚れ込んで仕入れているという熊本のみかん農家の皮ごと絞ったみかんを使った「大人のオレンジジュース」や「ここの生地じゃないとダメ」と選び抜いたピザなど、抜かりない厳選メニューも並んでいます。

最後に、そんな博多屋の人気おつまみ5選をご紹介します。

とりあえずビールと「オールワン(ハム・サラミ・チーズ・きゅうりの盛り合わせ)」を! 開業当時から不動の人気メニュー。盛り付けも素敵。
かまぼこや練り物のてんぷらなどの盛り合わせの「海の幸」
山芋やザーサイ、玉ねぎなどの盛り合わせの「山の幸」
4種のチーズが乗った「クアトロピザ」。「この薄いパリパリの生地じゃないとだめ!」とるいさん一押し。
揚げ物の定番「かしわ唐揚げ」。塩味のシンプルな味付け。

博多屋の営業は8月末まで。日曜・祝日は昼飲み限定の裏メニューも。
ビールが苦手という方にも嬉しいノンアルコールドリンクも充実しています。
ぜひ、“庭”へ涼みにお出かけください。

ビヤガーデン博多屋

〒8360043
福岡県大牟田市橋口町3−9

0944522319

Instagram(@beergarden_hakataya) (外部リンク)

2024年営業期間 5/17(金)~8月31日(土)

月-土 17:00~21:00(os20:30) 日・祝 15:00~20:00(os19:30)

編集後記

開業当初は4月から9月まで営業していた博多屋。6ヶ月のあいだに1年分の収入が得られるほどの盛況ぶりだったそう。炭鉱閉山後、客足は減ったものの、常連さんの支えもあり、なんとか持ち堪えてきたというのが実状でもあります。

一方で、るいさんの本職は「陶芸家」小代 瑞穂窯の二代目としてもご活躍されています。夏が来ると、県境を挟んで隣接する窯のある荒尾と大牟田を往復する、忙しい毎日を送られています。博多屋のテーブルにはタイルがあしらわれていますが、これもるいさんが陶芸家として初期の頃に制作したもの。今では手に入らない釉薬(※1)を使っていたり、テーブルのサイズに微妙に合わずに塗り足した形跡があったりと、瑞穂窯ファンにとっても嬉しい、聖地のような場所でした。
博多屋を継いだ当初は、「陶芸家の私がなんで継がないかんと」と思っていたそう。それでも、店を開ければ毎日常連さんが顔を見せてくれる。楽しみに待ってくれる期待の声に応えるように、次第に「みなさんが来てくださるかぎり頑張っていこう」と気持ちが切り替わっていったそう。
「80年、100年と続けばいいけど。どうなるかわからんからまずは77周年を一区切りにして祝いグラスを作ったんです」と弱音を漏らす場面も。期間限定の仕事ということもあり、働き手の確保も悩みの種なのだそう。夏を告げる風物詩でもあり、拠り所のような場所でもあります。いろんなご苦労あると思いますが、どうか長く続いて欲しい。そのために、今年もせっせと予定をやりくりして通おうと誓ったのでした。

----《補足》----
※1…釉薬(ゆうやく)とは、素焼(すやき)の陶磁器の表面に光沢を出し、また、液体のしみ込むのを防ぐのに用いるガラス質。うわぐすり。
瑞穂窯では、天然のわらの灰を石の粉や鉄の粉などと調合した釉薬を使い、深みのある白や黄や藍色を表現している。

77周年記念にるいさんが焼いたビアカップが限定販売中。
このテーブルも初期の頃に制作したタイル。