ポツポツと灯が灯り始め、夕暮れとともにまちが活気づいてきます。それぞれの行きつけに駆け込み一杯。大牟田のまちは「行きつけの店」にしたくなる、店主の個性溢れる飲食店がたくさんあるのです。大牟田のまちは炭鉱の歴史とともに、工業都市として発展し、ピーク時には人口が20万人を超えたことも。
そうした人々の需要に応え、いまなお大牟田の胃袋(と肝臓)を支え続ける、渋くて魅力的な店を、大牟田で建築・デザイン「murata」を営む村田仁さんに案内していただきます。大牟田の人たちは1店舗あたりの滞在時間が短く、一晩に4軒も5軒も呑み歩くことも珍しくないとか。
村田さん曰く「3軒行くとはふつうやね」とのこと。今回は、そんな酒好きの村田さんが悩みに悩んで選んだ4店舗をご紹介。
1軒目:「やきとり元禄」
のんべえへの優しさが受け継がれる名物10円やきとりの店
まだ夕暮れというには早すぎる16時半。大相撲秋場所のテレビ中継が流れる店内では、すでに常連客らしき男性が、生ビールと店主との会話に喉を弾ませていました。
いつもカウンター席に座るという村田さん。テーブルには、うずらのゆで卵がすでに置かれており、食べた分だけカウントされるという仕組み。
やきとり元禄は70年を超える老舗やきとり店です。初代の「労働者がつまみにお金を使わんでよかごつ」とはじめたのが、当時5円(現在10円)の安いやきとりでした。種類は皮と砂ずりのみ。案内書きによると「お酒の飲み具合に合わせてお出ししますので、注文は受け付けておりません」の文字。さらに続くは「もちろん、お酒を飲まれない方のやきとりだけの注文も出来ません。」とキッパリ。そうです。飲めば飲むほど、店自慢のやきとりが安く食べられるというシステムなのです。あらゆる物の価格が高騰するこのご時世にあり、この値段はタダも同然。
3代目店主の吉岡凌さんは「出せば出すほず赤字ですよ」と笑います。みなさまぜひ、お店を応援する意味でも、酒だけではなくサイドメニューを頼みましょう!
中心部から少し外れの、常連客が足繁く通う店とあって、初めての方にはいささか敷居高く感じるかもしれませんが、心配ご無用。お一人からでもウェルカムの、親みやすく温かいお店です。お酒を頼むペースに合わせて焼き鳥が出てくるシステムですが、お酒が飲めない方がいてももちろん大丈夫。
訪れたこの日、お話を伺ったのは、「いつもの席」で大相撲中継を観ておられたお二人です。なんと初代が焼き場に立っていた50年も前からの常連とのこと。
炭鉱で勢いづいていた人々の、威勢の良い飲みっぷりについても教えてくださいました。
酒とやきとりを片手に、地元の方とお話をするだけで、なんだか元気をお裾分けしてもらった気がします。そうして、みなさん酒ばかりでなくしっかり胃袋も満たされつつ、「明日もまた働くぞー」と帰って行かれるのでしょうね。
3代目大将の、涙なくしては聞けない店の後継物語など、まだまだ話は尽きませんが、はしご酒の前に陽が暮れてしまいますので、今回はここまで。
村田さんが「ゼロ軒目」として推す元禄を後にして、まだ明るい大牟田のまちを、お次は駅の“おもて”へ移動します。
2軒目:「奉天楼」
なにもかもが美味! 家庭的ながら本格中華が食べられる店
大牟田駅東口から徒歩約10分。奉天楼の赤い看板が目に入ります。店に入ると出迎えてくださったのは、店主の石(せき)さんです。
次なるお酒はどれにしようかな、と目に入ったのが飲み比べシリーズです。
村田さんは「紹興酒飲み比べセット」を、編集チームは「中国酒飲み比べセット」と「元気!」という自家製薬膳酒を注文。
「家庭的だけど本場の味で、何を食べてもうまい」とおっしゃる村田さんは、ランチに利用することも多いのだとか。
今回はお酒に合うつまみをテーマに、店主石さんのおすすめ「餃子」を中心に、
水餃子/焼き餃子/ザーサイ/ジャージャー麺
を注文。ちょい飲みにはたまらない顔ぶれです。
そうこうするうちに、飲み比べセットがやってきます。
目の前に空のグラスを並べて、店主自らが注ぐスタイル。割合と大きめのコップになみなみと注がれていく酒に、「あれ? はしご酒の量じゃない」と気づきます。さらに追い討ちをかけるのは酒の度数です。「左から、39度、42度、56度です」。さすがの村田さんも「この後大丈夫やろか?」と不安を漏らしておりました。
お酒はもちろん、店主自らより集めたものが並びます。店にたまたま立ち寄られていた奥さま曰く、「(中国の)東北地方に住んでいたことがあったんですが、寒いからね。当時は、彼(石さん)、も彼のお父さんも、56度のお酒を1日一本飲んでました。」と、とんでもない強者エピソードが。
そんなお酒が強すぎる石さんの故郷は、店名の由来ともなっている中国の奉天市(現:瀋陽市)。冬になるとマイナス30度を下回るほどの寒い地域なのだそう。気がつけばすっかり石さんのペースに飲み込まれた私たちは、手作りの激うまピーナッツ炒めとザーサイをつまみに中国酒をちびちび飲みつつ、料理を待ちます。
おすすめの水餃子は飛び上がるほど美味しいし、ジャージャー麺のごろごろとしたひき肉は塊から仕入れて仕込んでいるとあって、もはやソースだけでもつまみになりますし、もっちもちの麺に絡んで、何からなにまで最高でした。
そうでした。今日はまだ2軒目。次が待っています。ですが、今度来たときには素人には刺激的すぎる中国酒の数々もじっくり味わいたい、と誓いながら、お次はまちの中心部へ移動します。
3軒目:「美酒佳肴 はら田」
ハンバーグてろん串カツてろん、マスターとの話のつまみに食べに行きたい
銀座商店街を抜けて大正町1丁目の交差点を北東に進むと、小料理店やスナック、バーなどが点在する大人のまちが広がります。その一角に赤提灯の灯る和風の佇まいをした店が「美酒佳肴 はら田」です。
ガラガラと引き戸を開けると、歌謡曲メドレーが流れる店内に、5席ほどのカウンターと、左手に1組用の座敷があるのみ。カウンター前にはおでん鍋と魚用のショーケースのあるこぢんまりとした空間です。
村田さんがお勧めする「はら田のハンバーグ」の雰囲気ではない……いや、ありました。
メニュー表のいの一番に! 他にも一品料理や串揚、さらには、ご飯ものコーナーにはカツ丼や焼きそばといったがっつり食事系も充実しています。
マスターは、以前鉄板焼きの店で働き、8年前にこのお店を開業し得意料理をふるまうようになったそう。
とりあえずビールにおでんと串揚げを、締めにはやっぱり「はら田のハンバーグ」を注文。
飲み物を迷っていると、ご主人から、「きれいな人にしか出さんお酒があるんよ」との提案が。表の冷蔵庫からおもむろに「桃てろん、メロンてろん、メロンは2種類てろん、、、」と、果実酒をすすめてくださったのですが、どうしても語末の「てろん」が気になって、頭に入ってこない。
一旦果実酒を置いて尋ねると「てろん」は「など/とか」を意味する方言とのこと。
(後日調べたところ、どうやら熊本方面でよく使われている方言のよう)
「方言ば大事にせないかんけん」と、大牟田弁全開で、カウンター越しから濃い話を投げかけてくるマスターに、いつもは無口な村田さんも気がつけば口数多めに。村田さんの「マスターと話しをするために通いよるようなもんやね。面白いんよ」という話にも納得です。
はら田が隣接する「有楽町通り」は、飲食店がひしめく華やかなエリアでした。今でこそ閉業する店も増えていますが、かつては炭鉱関係者で大いににぎわいを見せていたとか。マスターも、全盛期の当時からこの地で飲食店を営んできたひとり。小田純平の歌をBGMに、大牟田の光と影を間近で見てきたマスターの貴重な思い出話を聞く、贅沢な時間が流れておりました。
4軒目:「あき政」
JAZZを聴きながら穏やかにうどんをすする店
気がつけば食い倒れのツアーと化した村田さんのはしご酒の締めくくりは、なんと、中心部で深夜25時までうどんが食べられる店「あき政」です。
底知れない胃袋の持ち主である村田さんについていくのをすでに諦めた編集チーム。そんな弱りかけた私たちを横目に、村田さんが注文したのはなんと、瓶ビールとカツ丼でした。
あき政の名物は、村田さんも「だしがうまいから飲んだ後にちょうどいい」と推す出汁のしっかりきいたうどんです。
種類が豊富で、トッピングする天ぷらは単品でも頼めるので、うどんを食べたい人も、つまみだけという人も、いろんなニーズに応えてくれるお店です。
その背景には、脱サラ後にチェーン展開をしているうどん店の店長のご経験があられました。BGMに流れるJAZZもご主人選曲のようです。
「独立してからは一人気ままに店を切り盛りしているし、当時の経験もあるから、深夜でもうどんづくりはまったく苦じゃないですよ」と笑顔。
利尻昆布・かつお・鯖節・干し椎茸からとるという抜かりない出汁ですするコシのあるうどんは、はしご酒の締めにぴったりの、やさしい味わいでした。
編集後記
村田さんと渋酒めぐり編はこれにてお開き。
振り返ると、どこも個性豊かな店ばかり。店ごとに味わい深く、ここには収まりきれない話をたっぷり聞かせていただきました。若かりし頃は、大牟田の喧騒が苦手だったという村田さん。仕事のお付き合いをきっかけに、30代だった村田さんは、通うごとに店を開拓し、今にいたるそう。一人でも臆することなく、飽きることなく通いたい理由が、少しだけわかったような気がします。
みなさまもぜひ、数多あるお店から、お気に入りの店を見つけてはいかがでしょうか。